植物標本目録公開の経緯と現状について

加藤英寿

写真:在来種ナガミハマナタマメや外来種ルビーガヤなどが混生する海岸草原。 中央右に摺鉢山、左に小さく南硫黄島が見える。 一般の人々は訪れることができないが、ここも東京都である。
写真:在来種ナガミハマナタマメや外来種ルビーガヤなどが混生する海岸草原。 中央右に摺鉢山、左に小さく南硫黄島が見える。 一般の人々は訪れることができないが、ここも東京都である(2021年12月20日 硫黄島にて撮影)

1998年に東京都立大学に赴任した直後から、私は牧野標本館所蔵標本のデータベース化を任された。ITには疎いものの、その分野の専門家の方々にお力添えいただきながら、タイプ標本やシーボルトコレクションのデータベースを公開することができた。並行して小笠原諸島の植物調査を進めてきた私は、2005年から小笠原産植物標本のデジタル化を開始、のちに東京都全域に対象を広げた。当館HPで随時アップデートしながら公開している「東京都植物誌デジタル版」は、これを元にいつか東京都全域の植物相を網羅した本物の「東京都植物誌」を編纂したいという思いを込めたものである。

しかしながら、標本情報のデジタル化は様々な問題がつきまとう。標本ラベルの採集地名は時代とともに変化する上に、人によって書き方も異なる。同定情報はさらに混沌としており、分類群の定義や和名・学名の不一致、時には単純な記入ミスや同定間違いも散見される。科学の世界ではデータのクオリティコントロールは極めて重要な課題だが、教育・研究や諸々の雑務に追われる中では対応しきれず、専門知識を持たない職員の方にデータ入力をお願いするしかなかった。再確認が不十分なままデータベースをweb公開することに抵抗はあったが、標本へのアクセスは促進しなければならない。それに利用者から間違いが指摘されればデータの精度も次第に高まるだろうと割り切り、批判を覚悟で恥を晒しているのが実情である。

これまで不十分だった標本とデータの照合を丁寧に進めるつもりでいたのだが、東京都との共同による本プロジェクトが始まり、行政のスピード感によって早急に大量のデータを公開する必要に迫られた。20年近くかけて入力してきた標本データだが、現時点では間違いや矛盾が含まれていることを白状するとともに、2028年頃を目指す「東京いきもの台帳」の一旦の取りまとめまでには、データの質・量ともに学術情報としての信頼に足るものにすることを誓う(3年間では100%満足できるものにはならないだろうが…)。そしてこれらのデータなどが、東京都が計画している「(仮称)東京都自然環境デジタルミュージアム」に引き継がれることを強く期待している。

加藤英寿

加藤英寿 (東京都立大学理学研究科 助教)

1963年生まれ。静岡→長野→千葉→愛知で育つ。富山大学理学部卒業→千葉大学大学院理学研究科修士課程修了→京都大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。専門は植物系統学・保全生物学など(いろいろやりすぎて、何が専門か自分でも分からなくなっている)。